奥出雲町遺産 第11回認定
最終更新日:2026年09月18日
【認定No.93】手場古墳石室(推薦:横田地区原口自治会)

直径11.5mの円墳で横穴式石室は、高さ0.9m、奥行き1m、幅は入口が0.6m、石室深部が0.5mあります。発見時にはすでに開口しており埋蔵物についてはわかりません。原口の遺跡については、「滝ノ谷尻横穴墓」や「白石迫古墳」等がありますが開発工事により調査後消滅しており石室が現存している手場古墳は当時を偲ぶ上で貴重な遺跡となっています。付近にはご神木と思われるスギがあり古墳と共に所有者によって大切に管理されています。
【認定No.94】光森山天満宮(推薦:天満宮総代会)

当初は八大龍神宮(罔象女神)を祀る祠がありましたが、至徳2年(1385年)遠藤左近と樹頭の夜光により菅原道眞命を主祭神とする天満宮として新建されました。末社は、罔象女神を祀る平岡社をはじめ8社が鎮座しています。遠藤左近により小切子舞(傘踊り)が教えられ大祈願の神事として毎50年目の2月24日より26日の3日間行われ昭和6年まで奉納されていました。棟札には天文拾参年六月十一日尼子晴久による再建、永禄八年十二月一日三沢為清による修造の記録が残っており当時の有力者からも大切にされていたことがわかります。原口天満宮とも呼ばれ、現在は入学児童祈願祭(3月25日)、例大祭(10月25日)、新嘗祭(11月25日)などの神事が行われています。
【認定No.95】遠藤左近神社(推薦:横田地区原口自治会)

至徳2年(1385年)罔象女神を祀る社地に樫(又は槻)の老木があり毎夜樹上に光り輝くので里人は恐れ、夜間は外出しないようにしていました。
この時北面武士遠藤左近という者が武者修行のため諸国を廻り横田に立ち寄りその実否を確かめようと一夜弓を携え持っていたら「吾は菅丞相なり永く此処に鎮座して国土安穏の守護神とならむとの神勅あり。」との声を聞いた左近は驚き弓を手放して地に伏しました。左近は里人と共に宮を創建し産土神として尊崇しました。また、左近は里人に小切子舞を教え、神前で奉納しました。現在は光森山天満宮のうしろに石碑が建てられています。また、昭和15年に宮田忠太郎が玉垣および石垣を奉献するなど大切に管理されています。