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◇ 櫻井家住宅概要
 
櫻井家のこの屋敷は、元文3年(1738)第5世利吉の時に建てられたままのものです。
享和年間(約200年前)、第7代藩主松平治郷(不昧)公をお迎えした時、その本陣に
当てるため、特に上の間や庭園が増普請されました。

庭を囲む塀には「御成門」があり、藩主の御来訪の時だけ開かれる習わしでした。
藩主のお乗りの駕篭かごはこの門を入り、庭の中央の御篭石おかごいしに下ろされ、
藩主はここで駕篭を出て、表座敷に通られました。

上の間の縁は上下の2段に作られていて、これを「貴人廊下」と呼びました。
上の段は藩主が通られ、下の段は御家来衆が通られたとのことです。

藩主の御来訪は、第7代治郷公(享和3年)、第8代斎恒公(文化8年、同10年、文政
2年)、第9代斎貴公(天保6年)、第10代定安公(安政4年)と、前後6度にも及びました。
御来訪の間は、櫻井家の家人は主屋を下り、全て藩士の人が取りしきり、諸什器も葵
紋入りの特別のものが用意されました。
 

櫻井家住宅玄関
  櫻井家住宅主屋玄関
御成門
  櫻井家日本庭園「御成門」
貴人廊下
  櫻井家住宅「貴人廊下」